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「待ち時間」と聞くと、病院の待合室や役所の窓口、子どもの送迎などを思い浮かべる方が多いでしょう。
一つひとつは、ほんの30分、1時間かもしれません。しかし、その時間が毎日のように積み重なったとしたらどうでしょうか。
私は助産師として医療現場に立ち、また女性のキャリアや福祉、人生設計に関わるなかで、「誰かを待つ」「誰かのために時間を空けておく」という負担が、女性の側に偏りやすい場面を数多く見てきました。
時間は、すべての人に等しく24時間与えられています。しかし、その24時間を自由に使えるかどうかは同じではありません。
今回は、数字には表れにくい「待ち時間」という視点から、女性の人生に存在する時間格差について考えます。
「待つ」も時間コストである
私たちは、お金を支払うことには敏感でも、時間を失うことには意外と無頓着です。
しかし、1時間待つということは、その1時間にできた仕事、休息、勉強、家事、育児、あるいは自分自身のための時間を使えなかったということでもあります。
経済学では、ある選択をしたことで諦めた別の選択の価値を「機会費用」と考えます。
待ち時間にも、まさにこの機会費用があります。
「無料だから負担がない」のではありません。誰かが時間という資源を支払っているのです。
女性には「待機」が多い
女性の時間負担を考えるとき、家事や育児の実働時間だけを見るのでは十分ではありません。
子どもの習い事が終わるのを待つ。家族の診察を待つ。介護サービスの訪問を待つ。宅配便や修理業者を待つ。家族から連絡が来るかもしれないため予定を入れずにいる。
このような「何もしていないように見える時間」も、実際には自由に使える時間ではありません。
私は、この状態を一種の「待機労働」として考える必要があると思っています。
身体は休んでいるように見えても、時間の主導権を自分が持っていないからです。
医療にも時間格差がある
助産師として医療に携わってきた私にとって、とくに考えさせられるのが医療の待ち時間です。
診察、検査、会計、薬の受け取り。必要な医療を受けるためには、一定の時間が必要になります。
しかし、誰もが同じように時間を確保できるわけではありません。
時間単位で休める人もいれば、一日仕事を休まなければ受診できない人もいます。子どもを預けなければ受診できない人もいます。
つまり、「医療が存在すること」と「医療を利用できること」は同じではないのです。
これからの医療には、費用や距離だけでなく、患者が負担する「時間」まで含めたアクセス設計が必要だと私は考えています。
ケアには「予定不能」がある
育児や介護には、予定表だけでは管理できない時間があります。
子どもが突然熱を出す。親の体調が変化する。予定していたサービスが使えなくなる。
ケアを担う人は、「何か起きるかもしれない」という可能性まで含めて、自分の予定を組まなければなりません。
この「予定を確定できない」という状態そのものが、キャリア形成の障壁になることがあります。
重要な会議を入れにくい。出張を引き受けにくい。長時間の研修に参加しにくい。
女性のキャリア格差を考えるなら、働いている時間だけではなく、「予定を自由に確定できる力」にも目を向ける必要があります。
時間を買える人が有利になる
現代社会では、さまざまなサービスによって時間を買うことができます。
家事代行、ベビーシッター、タクシー、ネットスーパー、宅配、オンライン診療などは、単なる便利なサービスではありません。
お金を使って、自分の時間を取り戻す仕組みでもあります。
だからこそ、所得格差は「使える時間の格差」にもつながります。
経済的な余裕がある人ほど、誰かに任せたり、移動を短縮したり、効率のよいサービスを選んだりできます。
女性の経済自立が重要なのは、物を買えるようになるためだけではありません。
「自分の時間を自分で選べること」もまた、経済的な自由の一部なのです。
企業は時間を奪っていないか
企業側にも考えてほしいことがあります。
予約したのに長時間待つ。問い合わせの返答がいつ来るかわからない。配送時間の幅が大きい。手続きのためだけに来店を求められる。
企業側から見れば小さな不便でも、利用者側では仕事や育児、介護の予定を動かしている可能性があります。
これからの顧客体験では、「いくら払うか」だけではなく、「何分使わせるか」も重要な設計指標になるでしょう。
顧客の時間を尊重する企業は、顧客の人生を尊重する企業でもあります。
これは女性向けサービスに限らず、これからのマーケティングに必要な視点だと思います。
行政も「時間」を支援する
行政支援でも同様です。
素晴らしい制度があっても、平日の昼間に何度も窓口へ行かなければ利用できないのであれば、働いている人には高いハードルになります。
申請書類が複雑で、複数の部署を回らなければならないことも「時間コスト」です。
オンライン申請、ワンストップ窓口、予約制、夜間・休日対応、手続きの簡素化。
こうした改善は単なるデジタル化や業務効率化ではありません。
市民に「時間を返す政策」でもあるのです。
女性支援を考える行政には、給付額やサービス数だけでなく、「その制度を使うために何時間必要なのか」という視点も持ってほしいと思います。
時間の主導権を取り戻す
女性の人生設計を考えるとき、私は「お金」「健康」「仕事」と同じくらい、「時間」を重要な資産として考えています。
問題なのは、忙しいことだけではありません。
自分の時間なのに、自分で決められないことです。
誰かの診察を待つ。誰かの帰宅を待つ。連絡を待つ。サービスを待つ。そして、「いつ呼ばれるかわからない」ために予定を空けておく。
こうした小さな待機の積み重ねは、数字には表れにくくても、人生の選択肢を静かに削っていきます。
だから私は、女性の時間格差を「個人の時間管理能力」の問題だけにはしたくありません。
企業は顧客の時間を奪わない設計をする。行政は制度利用に必要な時間を減らす。家庭では待機やケアを一人に集中させない。そして女性自身も、「私の1時間には価値がある」と認識する。
女性の自立とは、何でも一人でできることではありません。
自分の時間を、誰のために、何のために、どれだけ使うのかを自分で決められること。
「待ち時間」という小さな問題を見直すことは、女性が人生の時間を取り戻すための、大きな社会設計につながるのです。
