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「感じのいい人ですね」と言われることは、多くの場合、褒め言葉です。
笑顔でいる。相手の話をよく聞く。場の空気を読む。頼まれたらできるだけ応える。意見が違っても、角が立たない言葉を選ぶ。
こうした振る舞いは、人間関係を円滑にする大切な力です。一方で私は、女性のキャリアや人生の意思決定を支援するなかで、「感じのいい女性」であり続けるために、想像以上のエネルギーを使っている女性たちを見てきました。
問題なのは、優しくすることではありません。
優しく振る舞うための負担が見えないまま、それが「女性なら自然にできること」として扱われることです。
今回は、「感じのよさ」の裏側にある見えないコストについて考えます。
「感じのよさ」は労働でもある
笑顔で接する。相手の機嫌を察する。会話が途切れないようにする。誰かが傷つかない表現を選ぶ。
一つひとつは小さな行動ですが、積み重なるとかなりのエネルギーを必要とします。
社会学では、仕事上求められる感情表現を管理することを「感情労働」という考え方で捉えることがあります。
接客業や医療・福祉だけの話ではありません。職場でも家庭でも、人間関係を円滑にするために、自分の感情をいったん横に置いている人は少なくありません。
しかも、その仕事は成果として見えにくい。
だからこそ私は、まず「気遣いにもコストがある」と認識することが大切だと考えています。
なぜ女性が担いやすいのか
女性は幼い頃から、「優しくしなさい」「気が利くね」「女の子なのだから」といった言葉を通して、周囲への配慮を期待されることがあります。
もちろん、すべての家庭や職場がそうだという話ではありません。
ただ、社会の中に「女性はコミュニケーションが得意」「女性は細やかな気遣いができる」という期待が存在すると、それがいつの間にか本人の役割になってしまいます。
得意だから任される。
任され続けるから、さらに得意になる。
そして最後には、「できて当然」になる。
この循環のなかで、能力として評価される前に、無償の役割として消費されてしまうことがあるのです。
職場の「見えない仕事」
会議で険悪になった空気を和らげる。新人に声をかける。退職しそうな同僚の相談に乗る。飲み会の日程を調整する。誰かのミスを目立たないようにフォローする。
組織には、業務一覧には書かれていない仕事がたくさんあります。
こうした行動は組織を支えているにもかかわらず、人事評価や給与には反映されにくいものです。
仁蓉まよは、ここに重要な経営課題があると考えています。
「感じのいい人」に組織の人間関係を依存している会社は、その人の善意を経営資源として無料で使っている可能性があるからです。
企業側も、誰が売上をつくったかだけではなく、誰が組織を機能させるための見えない調整を担っているのかを見る必要があります。
断るだけで「感じが悪い」
「今日は難しいです」
たったこれだけの言葉を伝えることに、大きなストレスを感じる女性もいます。
断ったら嫌われるのではないか。冷たいと思われるのではないか。仕事ができないと思われるのではないか。
その結果、本当は余裕がないのに「大丈夫です」と引き受けてしまう。
ここで問題なのは、断る能力がないことではありません。
断ったときに自分の評価が下がるかもしれない、という心理的コストが存在することです。
「感じのいい女性」であり続けようとすると、NOと言うことまでリスクになってしまうのです。
SNSでも「感じのよさ」が求められる
現代では、この問題はリアルな人間関係だけにとどまりません。
SNSでは、コメントへの返信、DMへの対応、批判への受け答え、フォロワーへの気遣いなど、常に「どう見られるか」が発生します。
発信する女性、とくに経営者や専門職、インフルエンサーなどは、「強すぎてもいけない」「冷たく見えてもいけない」「でも専門家として頼りなく見えてもいけない」という複雑なバランスを求められることがあります。
発信力が資産になる時代だからこそ、好感度を維持するための感情コストも見逃してはいけません。
「優しさ」と「自己犠牲」は違う
私は、優しさそのものを否定したいわけではありません。
助産師として医療に携わり、福祉や女性支援の仕事をしてきたからこそ、人を思いやる力には大きな価値があると考えています。
ただし、優しさと自己犠牲は別のものです。
自分に余裕があるから助けることと、自分を削らなければ嫌われると思って助けることは、同じ「親切」に見えても意味が違います。
大切なのは、
「私は本当にこれをしたいのか。それとも、感じの悪い人だと思われたくないからしているのか」
と、自分に問いかけることです。
この小さな確認が、自分と他者の境界線を取り戻す第一歩になります。
企業も「気遣い」を無料にしない
このテーマは、女性個人だけに解決を求めてはいけません。
企業や組織にもできることがあります。
相談役、教育係、チーム内の調整、顧客への細やかなフォローなど、これまで「気が利く人」に自然と集中していた仕事を可視化することです。
誰かの人柄によって成立している業務があるなら、それは本当に「人柄」なのでしょうか。
業務として必要なのであれば、役割として定義し、時間を確保し、適切に評価する。
善意に依存していた仕事を、組織の仕組みに変える。
これは女性活躍という言葉以上に、具体的な職場改革につながると私は考えています。
「感じがいい」より、自分で選べる人へ
女性が優しくなくなればいい、という話ではありません。
笑顔も、気遣いも、共感も、人間社会にとって大切なものです。
ただ、それらは「女性だから提供して当然」の無料サービスではありません。
優しくするときは、自分で優しくすることを選べる。断りたいときには断れる。疲れているときには、誰かの機嫌より自分の回復を優先できる。
そんな選択肢があって初めて、本当の意味での優しさが生まれるのではないでしょうか。
「感じのいい女性」でいることをやめる必要はありません。
けれど、感じのいい女性でいるために、自分自身を消耗させる必要もないのです。
仁蓉まよは、女性の自立とは「何でも一人でできること」ではなく、自分の時間、感情、能力を、どこに使うのかを自分で決められることだと考えています。
優しさにも価値がある。
だからこそ、その優しさを誰に、いつ、どれだけ渡すのかを、自分自身で選べる社会にしていくことが大切なのです。
