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私たちは日常の中で、「標準サイズ」「平均値」「一般的な働き方」「普通の身体」といった言葉を何気なく使っています。
しかし、仁蓉まよが医療・福祉・女性支援に関わる中で感じてきたのは、その“標準”に入らない人が、想像以上に多いということです。
身体の大きさ、ライフイベント、働ける時間、健康状態、家族構成。女性の人生には多くの変化があります。それにもかかわらず、商品や制度、職場環境が限られた「平均的な人」を前提に設計されていれば、そこから外れる人が不便やリスクを引き受けることになります。
女性支援とは、女性だけを特別扱いすることではありません。むしろ、「誰を標準として社会を設計してきたのか」を問い直すことなのです。
「標準」は中立ではない
しかし実際には、標準をつくるためには、必ず何らかのデータや対象者が必要です。そこで特定の身体、年代、生活様式にデータが偏れば、それを基準につくられた商品や制度にも偏りが生まれます。
大切なのは、「標準をなくす」ことではありません。
その標準が、誰のデータをもとにつくられているのかを確認することです。
社会の公平性は、全員を同じ条件に合わせることではなく、多様な人が安全に利用できる範囲をどこまで広げられるかによって決まると私は考えています。
身体差は安全性にも関わる
分かりやすい事例の一つが、自動車の安全設計です。
米国のNHTSA(道路交通安全局)では、衝突試験に平均的な成人男性を想定したダミーだけでなく、小柄な成人女性を想定したダミーも使用しています。さらに2026年には、女性の傷害リスクをより精密に評価するため、高度な女性型衝突試験ダミーの必要性を示す研究結果も公表されています。
これは単なる「男女の違い」の話ではありません。
誰を基準に安全性を検証するかによって、見えるリスクが変わるということなのです。
平均から外れる身体を「例外」と考えるのではなく、最初から多様な身体を想定する。この発想は、自動車だけでなく、医療、住宅、職場、公共空間にも必要だと思います。
医療にも「平均」の限界がある
助産師・看護師として医療現場に携わってきた私にとって、この問題は特に重要です。
薬や医療機器についても、身体的な性差によって安全性や有効性に違いが生じる可能性があります。FDAも、生物学的な性差を医薬品や医療機器の研究・評価に反映する重要性を示しています。
医療では「標準治療」が重要です。しかし、標準があることと、全員が同じであることは別の話です。
年齢、体格、ホルモン環境、妊娠・出産、更年期、併存疾患などによって、必要な医療は変化します。
だからこそ私は、医療を「専門家に任せるもの」だけにせず、自分の身体について理解し、質問し、選択できる環境を整えることが重要だと考えています。
働き方の「標準」も疑う
社会には、身体だけでなく「標準的な働き方」も存在します。
毎日同じ時間に出勤し、長時間働き、転勤にも対応できる。家庭の事情による中断が少なく、常に一定のパフォーマンスを発揮できる。
こうした人物像を暗黙の前提として人事制度を設計すると、妊娠・出産・育児・介護・治療などを経験する人ほど評価から外れやすくなります。
これは本人の能力の問題ではありません。
能力を測る物差しの設計問題です。
企業が女性活躍を本気で進めるのであれば、女性を既存の働き方へ適応させるだけでは不十分です。「そもそも何を成果として評価するのか」を見直す必要があります。
女性向け商品にも落とし穴
「女性向け」と書けば、女性に適した商品になるわけではありません。
色をピンクにする、小型化する、広告に女性を起用する。それだけでは、本当の意味での女性視点とは言えないのです。
必要なのは、実際の生活の中で女性がどこに不便を感じ、何を怖いと思い、どんな場面で利用を諦めているのかを知ることです。
マーケティングにおいて重要なのは、「女性という属性を見ること」ではなく、女性の生活行動を見ることです。
企業に求められているのは、女性向けの商品を増やすこと以上に、企画・開発・検証の段階から多様な利用者を入れることだと私は考えています。
「例外」が改善を教えてくれる
私は福祉事業にも携わっていますが、福祉の現場には社会設計のヒントが非常に多くあります。
障がい、慢性疾患、身体的制約などがある方が使いにくい仕組みは、実は高齢者、妊婦、子育て中の人、一時的にけがをした人にとっても使いにくい場合があります。
つまり、「少数の人のための改善」が、多くの人の利便性を高めることがあるのです。
社会設計では、平均的な人だけを見るよりも、困っている人がどこでつまずいているかを見るほうが、改善点を発見しやすい。
私はこれを、福祉だけではなく企業の商品開発や行政サービスにも活用できる視点だと思っています。
データの集め方から変える
これから企業や行政に必要になるのは、「平均値を見る力」だけではありません。
年代、性別、家族構成、地域、健康状態などによって利用状況を分けて考え、「誰が利用できていないのか」を把握する力です。
たとえばサービス全体の満足度が90%であっても、ある層だけ満足度が著しく低ければ、平均値だけでは問題が隠れてしまいます。
データ活用とは、数字を増やすことではありません。
平均の裏側にいる人を発見することなのです。
これからの女性支援でも、「女性全体」という大きなカテゴリーだけを見るのではなく、その中にある多様性まで捉える必要があります。
女性支援は「標準」の再設計
女性が社会に合わせ続けるのではなく、社会の側も多様な女性の人生に合わせて変わっていく。
私は、その考え方こそがこれからの女性支援には必要だと思っています。
「女性だから特別な制度をつくる」という話ではありません。
これまで当然だと思われてきた働き方、医療、安全基準、商品設計、公共サービスについて、本当に多くの人が使える設計になっているのかを問い直すことです。
平均から外れる人を「例外」として扱い続ければ、その人自身が適応のコストを払い続けます。
しかし、最初から多様性を前提に設計すれば、そのコストを社会全体で減らすことができます。
女性支援の次の段階は、女性を既存社会へ適応させることではありません。
社会の「標準」そのものを、より多くの人生が入れる大きさへ再設計すること。
そこに、企業にも行政にも求められる次のイノベーションがあると、仁蓉まよは考えています。
