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遊びは役に立たないもの、と長く位置づけられてきました。
しかし私は、医療現場と事業の両方に関わる中で、むしろ遊びこそが意思決定の質を底上げしているとも感じています。
たとえば、素数の研究はかつて「数学者の趣味」のように扱われていましたが、現在では暗号技術の基盤になっています。つまり、その時点では用途が見えなかった行為が、後から社会の基礎になることは珍しくありません。
遊びとは、今すぐ役に立たない代わりに、将来の選択肢を増やすきっかけともなり得るのです。
無駄の蓄積が技術を生む
インターネットの初期、研究者たちは本来の目的とは関係のない雑談のような通信をしていました。
「今日の昼ごはん何だった?」というやり取りや、とても簡単なジョークの交換です。
当時の文脈では明らかに“無駄な通信”でしたが、このような非公式なやり取りが積み重なることで、「ネットワークは情報伝達だけでなく、人と人をつなぐ場になる」という認識が生まれていきました。
現在のSNSやチャット文化は、この延長線上にあります。
同じことは日常の仕事でも起きます。会議の本題とは関係ない雑談から、思いがけず新しい企画が生まれることがある。
無駄は完全に排除すべきものではなく、用途を変える“余地”を含んだ素材なのです。
遊びは“予定外”を許す訓練
将棋や囲碁では、定石と呼ばれる最適解のパターンが存在します。
しかし実際の対局では、その通りに進めても勝てない局面が必ず出てきます。
そこで必要になるのが、「あえて外す」という判断。
一見すると非合理ですが、この一手が流れを変えることがある。
キャリアでも同様です。
例えば、本来の専門外の仕事を引き受けたことが、新しい分野への入口になるケースがあります。
あるいは、予定していなかった場所に行ったことで人脈が広がる。
遊びは、この“予定外を許容する感覚”を身体で理解させる役割を持っています。
合理性ばかりで構築された人生は、変化に弱くなります。
医療現場にもある“余分な試行”
新生児医療では、同じ週数で生まれた赤ちゃんでも当然ながら個々に反応や回復の仕方がまったく異なります。
ある赤ちゃんは音に敏感で、少しの刺激で眠りが浅くなる一方、別の赤ちゃんは触覚への反応が強く、抱き方で落ち着き方が変わる。
そのため、標準的なケアに加えて、抱く角度や声のトーン、環境の明るさなどを細かく調整していきます。
一つ一つは小さな違いですが、この積み重ねが回復や発達に影響します。
一見するとやりすぎと取られがちな試行が、結果を分けるのです。
医療のように精密な分野でさえ、完全な効率だけでは成立しません。
記憶に残るのは“ズレた体験”
人は、予定通りに進んだ出来事よりも、予想外の出来事を強く記憶する傾向にあります。
例えば、時間通りに終わった出張よりも、飛行機が遅れて空港で長時間過ごした日の方が印象に残る。
あるいは、旅行先で道に迷って入った店の方が、事前に調べた有名店より記憶に残ることもあります。
これは、脳が“予測とのズレ”を重要な情報として扱うためです。
遊びは、このズレを意図的に生み出します。
結果として、経験の密度が上がり、意思決定の際に参照できる具体的な記憶が増えていきます。
知識だけでなく、体験の引き出しが増えることが重要なのです。
女性のキャリアと“遊び不足”
多くの女性は、幼少期から「将来の役に立つこと」を優先するよう促されてきました。
例えば、成績に直結する習い事や、資格取得につながる活動は評価されやすい一方で、ただ楽しむための行動は後回しにされがちです。
その結果、「失敗しても問題ない経験」や「意味を持たない試行」が不足します。
社会に出ると、この差が現れます。
新しい分野に挑戦する際、「失敗してもいい」という感覚が持てず、選択肢を狭めてしまうのです。
遊びは、単なる息抜きではなく、失敗耐性を育てる訓練でもあります。
企業があえて“遊ばせる理由”
企業がハッカソンや社内コンテストを実施するのは、単なるイベントではありません。
例えば、エンジニアに通常業務とは無関係のテーマを与え、短期間で試作を行わせる。
その過程で、本来の業務では出てこない発想や技術の組み合わせが生まれます。
実際に、メールサービスや新規プロダクトの一部は、こうした“業務外の試行”から誕生しています。
重要なのは、最初から成果を求めていない点です。
成果を前提にしないことで、試行の自由度が上がり、結果として革新につながる。
無駄を排除するのではなく、設計することがポイントです。
忙しさは思考を固定する
予定が詰まっている状態では、人は既存のタスクを処理するだけで一日が終わります。
例えば、移動中も常にスマートフォンで情報を追い続けていると、思考は入力に占有されます。
一方で、何もしていない時間、例えば歩いているときや、ぼんやりしている時間にふとアイデアが浮かぶことがあります。
これは偶然ではなく、脳が情報を再編している状態です。
“暇”は非生産的に見えますが、実際には思考のリセットや更新に必要な時間です。
遊びや余計な時間がない状態は、結果として発想の幅を狭め、タスク処理能力を劣らせるリスクを含んでいます。
遊びは長期的な投資である
遊びは、短期的には大きなものを生み出さないことが多いです。
しかし後から振り返ると、「あのときの経験があったから選べた」と感じる場面が必ず出てきます。
例えば、趣味で続けていた発信が仕事につながる、偶然参加したイベントで重要な人と出会う。
これらは計画的に再現できるものではありません。
だからこそ、最初から意味を求めすぎないことが重要です。
遊びとは、未来の選択肢を増やすための現実的な行動であり、結果的に意思決定の幅を広げる資産になるのです。
