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介護というと、「日常生活において、すべてのことを手伝う」と思われがちです。もちろん、生活のサポートをすることは大切ですが、それだけではありません。実は介護の現場では、「その人ができることを引き出し、生きがいを支える」ことが、心を豊かにする大きな役割を果たしています。今回は、そんな「できることを探す」ことで変わった利用者さんのエピソードをお話しします。
「ここはどこ?」——介護施設で不安を抱えたAさんの葛藤
新しく施設に入所されたAさんは、初めての場所に強い不安を抱いていました。夜も眠れず、「家に帰りたい」という気持ちが日に日に強くなっていきます。また、職員に「私、今日帰りますので」「出口はどこ?」「駅はどちらですか」などと頻繁に声をかけてきます。
ご家族の事情で施設に入所しているため、今は家には帰れないのですが、そのことについて、認知症のあるAさんは理解できていませんでした。
そんなAさんの姿には、職員もかなり困っていました。
「なにかできることはない?」——いかに帰宅願望を紛らわせるか
まず、Aさんから「帰りたい」と言う気持ちが出た時に、何か役割をお願いしてみることで気を紛らわせることができたらいいなと考えました。
そこで、「Aさんができること」を一緒に探してみることにしました。
私の働く施設では、衣類の洗濯はクリーニング業者に依頼していますが、食事用エプロンは施設内で洗濯していました。そこで、まずはエプロンをたたむ作業をAさんにお願いしてみました。すると、驚くほど丁寧に、きれいにたたんでくれたのです。
「またお願いしてもいい?」と聞くと、「私暇だからいつでも頼んで!」
そう明るく返してくれたんです。
その姿を見て、次にエプロンを干す作業をお願いしました。これもまた、Aさんはとても丁寧にやってくれました。
そうやって、少しずつ役割を増やしていきました。
「自分にもできることがある」——役割を見つけたAさんの心の変化
Aさんは作業に集中することで、「帰りたい」と訴えることが減り、穏やかに過ごせる時間が増えていきました。
エプロンを干す、たたむ。そんな何気ない作業ですが、それはAさんにとって、「自分が役に立っている」と感じられる大切な役割となったのです。
そのほかにも、大切にしたのは職員といる時間です。
なかなか日々の業務に追われると難しいこともあるのですが、一緒の作業をすることもかなり効果があったと感じます。
A4の紙を4分割して小さなメモ用紙を作る作業がありました。最初は職員がA4の紙を半分に切り、その後、Aさんにお願いし、その紙をさらに半分に切ってもらいました。Aさんとゆっくり話をしながら作業をしていると、次第に会話の内容が明るいものに変わっていきました。
ある日、ふるさとの話をしていたときのこと。「あそこはいいところだから、今度遊びに来てね。」とAさんが笑顔で言いました。以前は、「帰りたい」と毎日のように言っていたAさんが、まるでその場所に戻る必要がないかのように、今では穏やかな気持ちで話していることに驚きました。
その瞬間、「帰りたい」という言葉は、もはやAさんの口からは聞こえなくなっていたのです。
介護は「生きがいを支える」仕事
介護は「ただお世話をする仕事」ではありません。支えることで、その人が本来持っている力を引き出し、「自分にもできることがある」と気づいてもらうことが大切です。Aさんのように、「誰かの役に立っている」と感じられることで、人は少しずつ前向きに変わっていくのです。
介護現場では、単に日常生活の支援をするだけでなく、その人が「できること」に目を向けることがとても重要です。「支えられる側」から「支える側」に回ることで、利用者さん自身の気持ちが変わり、穏やかな生活へとつながります。
私たち介護職ができるのは、「その人が持っている力を引き出し、生きがいを見つけるサポートをすること」。それが介護の本当のやりがいであり、支える側にとっても、大きな学びとなるのです。
介護のイメージを「負担」ではなく、「支え合う仕事」として捉え直すことで、もっと多くの人にその魅力が伝わるといいなと思います。
