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女性の人生は、努力や誠実さだけでは守れない局面がある。
それが「契約」「署名」「同意」「財産」といった、法律実務の領域である。
私は助産師として医療現場で無数の同意書を扱い、社会起業家として数多くの契約書に署名し、女性支援の現場で離婚・相続・事業トラブルに直面する女性たちを見てきた。そこに共通しているのは、「もっと早く知っていれば」という後悔である。
法律は感情を汲んでくれない。努力も、我慢も、献身も、自動的には評価されない。評価されるのは、証拠と記録、そして法的関係性である。
本稿では
・離婚と財産分与の現実
・見落とされやすい退職金と年金分割
・事実婚と契約の限界
・医療同意と家族の定義
・起業女性の契約・保証リスク
などを軸に、女性が直面しやすい“法律実務の盲点”を深く掘り下げる。
法律は冷たい制度ではない。
人生を守るための「構造」である。
離婚と財産分与の現実
離婚時の財産分与は、原則として婚姻中に形成された共有財産を2分の1ずつ分けるという考え方が基本である。
しかし実際の財産分与の時、「何が共有財産か」という理解不足が、女性の不利益につながる。
多くの女性が誤解しているのは、「夫名義だから夫の財産」という思い込みである。
婚姻期間中に築いた預金、不動産、投資信託、保険解約返戻金などは、名義に関係なく共有財産と評価される可能性が高い。
【実例】
専業主婦として20年家庭を支えた女性。
夫名義の口座に2,000万円の預金。
夫は「これは自分の給料だから自分のもの」と主張。
女性も争いを避けるために半額請求をためらった。
しかし、家事労働は無償であっても“経済的貢献”と評価される。本来は1,000万円が分与対象であった。
“争いたくない”という感情から、権利放棄につながる事例が多い現実である。
退職金と年金分割の盲点
退職金は将来支給予定であっても、婚姻期間中の勤務分については財産分与対象となる可能性がある。また、厚生年金には「年金分割制度」がある。これは婚姻期間中の保険料納付記録を分ける制度である。
しかし、請求期限がある。
離婚後2年以内という制限があるため、面倒だからと手続きを怠ると権利は消滅する。
【実例】
50代で離婚した女性。
「生活が落ち着いてから考えよう」と手続きを後回しにした。
結果、期限経過。
老後受給額に月4万円以上の差が生じた。
老後20年間で計算すると、約1,000万円近い差になる。
離婚は感情の整理だけではなく、老後設計の再構築である。
事実婚という選択の現実
事実婚は、価値観として尊重されるべき選択である。しかし法制度上は、法律婚と同じ保護は受けられない。相続権は原則として認められず、遺言書がなければ、財産は法定相続人へ移る。
【実例】
20年連れ添ったパートナーが急死。
住宅ローンを共に支払っていたが、登記は相手単独名義。
親族が相続人となり、女性は退去を迫られた。
感情的には“家族”であっても、法的には“他人”なのである。
しかし、同居期間・家計の一体性などが認められれば、財産分与や慰謝料が認められる事例もある。
事実婚を選ぶなら、
・持分登記
・遺言書
・公正証書
・生命保険の受取人指定
などの事前設計が不可欠である。
愛と契約は別物である
起業女性が陥りやすいのは、「信頼関係があるから契約書は不要」という思考。だが、現実では事業は感情のみで運営できない。
【実例】
共同創業者と口頭で利益配分を約束。
事業拡大後、「出資比率が違う」と主張され、トラブルへ。
書面がなく、裁判でも不利な立場に。
『契約書』は関係悪化のためにあるのではなく、信頼を長続きさせるための設計である。
女性は「波風を立てないこと」を優先しがちだが、それは将来の紛争コストを高める可能性がある。
医療同意と家族の境界線
医療現場では、本人が意思表示できない場合、家族が同意を求められるが、事実婚パートナーや長年の恋人には法的な同意権が認められないケースがある。
【実例】
緊急手術を前に、パートナーは廊下で待機。
「家族ではない」と説明したため決定権は疎遠だった法定家族へ。
医療同意は感情ではなく、法律上の家族関係で判断される。
将来の医療判断については、事前指示書(リビングウィル)や任意後見契約が重要になる。
これは“死”の話ではない。『尊厳の話』である。
連帯保証という見えない鎖(リスク)
日本では、融資や賃貸契約で連帯保証が求められることが多い。
連帯保証人は、会社や契約者本人が返済、支払いが出来ない場合、個人が全額責任を負う制度である。
【実例】
夫の事業資金の保証人になった女性。
離婚後、事業が破綻。
数千万円の請求が届いた。
保証契約は、関係性が変わっても消えず未来に影響を残す。
署名の重さを理解する必要がある。
成年後見と“誰が決めるか”問題
高齢化社会において、意思能力が低下した場合の決定権は重大である。
医療や介護、施設入所などの同意書。そこに署名するのは本人か、家族か。
成年後見制度を利用すれば、法的代理人を選任できるが、制度理解が不十分なままでは家族間対立に発展するケースも多い。
女性はしばしば家族の「調整役」を担うが、自分自身の意思決定準備が後回しになる事も多い。
事前指示書(リビングウィル)や後見制度を理解することは、「迷惑をかけないため」ではなく、「自分の尊厳を守るため」の準備である。
法律は「冷たい制度」ではない
女性は、調和を優先し、権利主張を控える傾向がある。
法律を知ることは、対立を生むことではない。むしろ、対立を予防することである。
離婚、事実婚、医療同意、起業契約。どれも女性の人生に直結する。
私は支援現場で何度も見てきた。
優しい女性ほど、「争いたくない」と言って権利を手放してしまう。
人生設計において、キャリア戦略や経済自立と同じくらい、「法律実務の理解」は重要である。
知らなかったでは済まされない。
それが、法律の世界の現実なのである。
