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女性の社会進出が進み、管理職や経営者、政治や専門職の意思決定層に女性が増えてきました。これは確実に前進です。
一方で、私が助産師として、また福祉事業の経営者として現場を見てきた実感として、「女性が権力を持つ」ことは、単純に“善”にはならないという現実もあります。
権力とは、誰かを守る道具にもなれば、誰かを排除する装置にもなるのです。しかも女性の権力は、「期待」や「物語」とセットで語られやすく、冷静な検証が遅れがちです。
この記事では、女性が権力を持ったときに起きやすい倫理のズレ、そして女性自身が無意識に再生産してしまう排除構造を、分かりやすく具体的に整理します。
権力は“善意”ではなく“影響力”
権力というと、強い言葉に聞こえるかもしれません。しかし本質はシンプルで、「意思決定できる力」「配分を変えられる力」「評価を決められる力」です。つまり、権力は人格の良し悪しではなく、影響力の大きさの問題なのです。
女性が権力を持つと、「女性だから優しいはず」「共感的なはず」という期待が先行します。けれど現場では、共感的に見える言葉が、かえって人を追い詰めることもあります。
権力の怖さは、暴力的に振る舞う人だけでなく、「善意の人」が無自覚に他者の選択肢を奪える点にあります。まずこの前提がないと、女性の権力の議論はすぐに綺麗事になります。
「女性だから正しい」という免罪符
女性リーダーが増えるとき、支援や共感の文脈で称賛されやすいのは事実です。ところが、その称賛が強すぎると「女性がやっているのだから正しい」という空気が生まれます。これは危険です。
たとえば、女性支援の現場でも「あなたのためを思って」「女同士だから分かる」という言葉は強力です。だからこそ、反論が難しくなる。異議を唱える人が「協調性がない」「感謝がない」と扱われることもあります。
権力は“批判されにくい形”を取った瞬間に、最も強く働きます。女性の権力は、まさにこの構造を持ちやすいのです。
女性同士の排除は「正しさ」で起きる
女性同士の排除は、露骨な差別というより、「正しさ」「善」「理想像」を基準に起きやすい特徴があります。
例えば、子育て・働き方・身体・恋愛・見た目・支援の受け方。ここに“正解”が設定されると、その正解に近い女性が「良い女性」として中心に立ち、そこから外れた女性は周縁化されます。
これは、本人の性格が意地悪という話ではありません。社会が長年、女性に“正しい生き方”を要求してきたため、女性が権力を持ったときにも、その採点表を握ってしまうのです。
つまり、女性の権力は「女性を守る」と同時に「女性を採点する」方向にも動きやすいのです。
「生き残った女性」が再生産しがちな構造
私は医療・福祉・起業の世界で、努力して生き残ってきた女性たちを多く見てきました。そして、ここが一番言いにくいところですが、“生き残った女性”ほど、無意識に排除を再生産することがあります。
なぜなら、その人たちは「この環境で勝つ方法」を身につけてしまっているからです。
長時間労働に耐える、我慢する、空気を読む、結果を出す、感情を抑える。こうしたスキルで勝ち残った人ほど、それができない人を「甘え」と見なしてしまう。ここで起きているのは、個人の冷たさではなく、社会の過酷さが“勝ち方”として内面化されている現象です。
女性が権力を持つほど、この内面化された勝ち方が組織ルールになっていきます。
権力は「資源配分」と「評価」に現れる
権力の倫理を語るなら、人格論よりも具体的に「資源配分」と「評価」を見たほうが早いです。
・誰にチャンスが回るのか
・誰の声が会議で採用されるのか
・誰が“努力してる”と評価されるのか
・誰のミスは許され、誰のミスは致命傷になるのか
この小さな積み重ねが、排除構造を作ります。女性リーダーが「女性を増やす」と言いながら、実際は“同質な女性”だけが評価される場合もあります。学歴、話し方、見た目、家庭状況、コミュ力。
こうした暗黙の基準が残る限り、女性の権力は「女性全体」を救わず、“選ばれた女性”だけを救う装置になってしまいます。
共感を武器にすると、支配になる
女性リーダーの強みとして「共感」が語られます。私も共感の力を否定しません。ただし、共感は権力と結びつくと、支配になり得ます。
たとえば、相手の気持ちを先回りして言語化し、「あなたは本当はこう思っているはず」と決めてしまう。あるいは「分かるよ」と寄り添いながら、別の選択肢を閉じる。
共感の難しさは、相手が反論しにくいことです。反論すれば「せっかく分かってあげたのに」と関係性が崩れる。だから、共感は“優しさ”であると同時に、“相手の自由を奪う技術”にもなる。
権力者が共感を「多用」するとき、組織は一見優しいのに息苦しい場所になってしまう場合もあるのです。
女性の権力を健全化する3つの設計
では、女性が権力を持つことを、どう“良い形”にしていけばよいのか。私が現場で必要だと感じるのは、精神論ではなく設計です。
1)異議申し立てのルートを複線化する
リーダーに直接言えない人のために、公平な立場の第三者・匿名・相談経路を複数持つ。これは弱さをカバーする形ではなく、組織の健全性のためです。
2)「良い女性像」を評価指標に入れない
協調性・愛想・気遣い・母性のような曖昧な徳目を、評価に混ぜない。混ぜた瞬間から、同質性の圧力が生まれます。
3)資源配分を可視化する
昇進・抜擢・研修・裁量・予算の配分を「見える化」し、説明責任を持つ。ここが透明になると、排除は起きにくくなります。
女性の権力を健全化するには、「良い人であろう」では足りません。忖度なく「疑われても成立する仕組み」を先に作る必要があります。
女性の権力は“希望”であり“責任”である
女性が権力を持つことは、確かに希望です。意思決定の場に女性がいることで、これまで見過ごされてきた身体、ケア、生活、暴力、時間の問題が可視化されます。これは社会の進化です。
ただし同時に、女性の権力が「女性を救う物語」に守られすぎると、批判不能な権力になり、排除構造を静かに強化します。
女性同士の排除は、悪意よりも“正しさ”で起きる。生き残った女性が、自分の勝ち方をルール化してしまう。その結果、声を上げられない女性が、また沈黙させられる。
だから私は、女性リーダーに必要なのは「共感力」だけではなく、「自分もまた権力を持つ側になった」という自覚だと考えています。誰かの自由を増やすために、同時に“誰かの自由を奪っていないか”をしっかりと点検できること。
女性の権力は、希望であると同時に、社会の再設計責任です。権力を持つ女性が増えるほど、私たちは「優しさ」ではなく「透明性」と「異議の仕組み」で、信頼を作る段階に入っているのです。
