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恋愛や欲望の話になると、途端に議論は曖昧になります。
キャリアや経済は「戦略」として語られるのに、恋愛だけは「感情」「運」「相性」で片づけられてしまう。
しかし私は、助産師として命の現場に立ち、不妊治療の現場で夫婦の葛藤を見てきた立場から言えることがあります。
欲望を無視したまま、人生戦略は設計できないということです。
恋愛は偶然ではありません。
欲望は弱さでもありません。
それは、人生の方向性を示す“内なるコンパス”なのです。
本稿では、女性のキャリア・経済自立・自己決定と「恋愛欲望」がどのように交差しているのかを、構造的に解きほぐしていきます。
欲望は「未熟」ではない
女性が欲望を語るとき、どこかで「わがまま」「依存的」「未熟」というレッテルが貼られやすい社会があります。
しかし欲望とは、本来「こう在りたい」というエネルギーです。
誰かに愛されたい。
触れられたい。
選ばれたい。
必要とされたい。
これらは恥ずかしい感情ではなく、人間の根源的欲求です。
問題は、欲望を否定することではなく、無自覚のまま行動してしまうことにあります。
承認欲求と恋愛市場
現代の恋愛は、SNSという公開市場の中で動いています。
「誰に選ばれるか」だけでなく、「誰からどう見られるか」が価値になる時代です。
承認欲求は悪ではありません。
しかし承認が“通貨”になると、恋愛は投資ゲーム化します。
外見投資
自己啓発投資
マッチングアプリ課金
そこに使われるお金と時間は、決して小さくありません。
恋愛市場は、欲望を可視化し、経済化する構造を持っています。
優秀な女性ほど恋愛で揺らぐ理由
仕事では合理的判断ができるのに、恋愛では不安定になる。
この現象は珍しくありません。
なぜか。
キャリアは「成果で評価」されますが、恋愛は「存在で評価」されるからです。
成果主義に慣れた女性ほど、
“存在そのものを選ばれるかどうか”という評価軸にさらされると、自己肯定感が揺らぎやすい。
恋愛は、最も原始的な承認テストなのです。
性欲を語らない社会の歪み
女性の性欲は、長く「ないもの」とされてきました。
しかし臨床の現場では、
性の不一致や欲求のズレが、関係破綻の大きな要因になっています。
欲望を語れない関係は、
やがて沈黙のストレスを生みます。
性は、倫理と責任を伴うテーマです。
だからこそ、感情論ではなく、対話可能な知性として扱う必要があるのです。
「選ばれたい」と「選びたい」の葛藤
経済的に自立した女性であっても、
恋愛になると「選ばれたい」という感情が出てくる。
これは矛盾ではありません。
人は社会的存在であると同時に、関係的存在だからです。
ただし、
“選ばれたい”が強すぎると、
本来の価値観を曲げてしまう危険がある。
欲望は否定せず、
しかし主導権は自分に戻す。
ここが分岐点です。
欲望と経済の接点
恋愛は、実は大きな経済活動です。
デート費用
美容費
ファッション
住居選択
妊娠・出産コスト
欲望の延長線上には、必ず経済設計があります。
恋愛を「感情」としてしか扱わないと、
経済的リスク管理が甘くなります。
だからこそ私は、
恋愛もまた“人生戦略”の一部として設計すべきだと考えています。
欲望を抑圧すると起きること
欲望を抑え込むと、別の形で噴出します。
・過剰な仕事依存
・過度な自己投資
・不倫や秘密関係
・突然のキャリア放棄
抑圧された欲望は、静かに蓄積し、ある日爆発します。
理性で管理することと、感情を否定することは違うのです。
欲望を戦略に変える
欲望は、敵ではありません。
設計されていない欲望が、人生を不安定にするのです。
私は思うのです。
恋愛も、
性も、
承認欲求も、
「恥ずかしい衝動」ではなく、
“未来を設計するためのデータ”として扱うべきだと。
自分は何を求めているのか。
どんな関係性なら安心できるのか。
どこまで譲れて、どこからは譲れないのか。
欲望を言語化できる女性は、
恋愛に振り回されるのではなく、恋愛を選択できます。
欲望を語れる社会こそが、
真に自立した関係性を育てる土壌になる。
恋愛は、感情の暴走ではなく、
意思決定の成熟である。
私はそう考えています。
