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私は医療や福祉、フェムテック、そして地域経済の現場を通じて、「ケア」という概念の拡張をずっと見つめてきました。
いま、世界では“ケア”が人間社会を超え、動物や自然、生態系そのものとの共生へと広がっています。
それが「生態系ウェルビーイング(Ecosystem Well-being)」という新しい視点です。
これは「人間中心の幸福」から、「地球全体の幸福」へとパラダイムが移行していることを示しています。
本稿では、医療・環境・経済の現場で進む実例を交えながら、「人・動物・自然が支え合う幸福経済」の可能性を紐解いていきます。
「生態系ウェルビーイング」とは何か
「ウェルビーイング(Well-being)」とは、単なる健康ではなく“心身・社会的に満たされた状態”を指します。
それを生態系全体に拡張したのが「生態系ウェルビーイング」です。
たとえば、世界保健機関(WHO)は「One Health(ワンヘルス)」という概念を提唱しています。
これは、人・動物・環境の健康を“ひとつのつながったシステム”として扱う考え方で、感染症対策や食の安全保障などに応用されています。
つまり、生態系ウェルビーイングは**“共に生きる”を経済と政策の基盤にする思想**なのです。
環境保全が「医療」とつながる時代
医療の現場でも、生態系とのつながりは明確です。
たとえば、森林浴(Forest Therapy)は日本の研究で「ストレスホルモンを16%減少させ、血圧を下げる」効果が確認されています(日本医科大学・宮崎良文教授らの研究)。
また、緑地の多い地域ほど、うつ病の発症率が低いというデータもあります(国立環境研究所, 2022)。
つまり、「環境を守ること」は単なるエコ活動ではなく、“人間の健康インフラ”の維持の要でもあるのです。
動物との共生が生む“ケア経済”の新形態
近年、「アニマルセラピー」や「ペット共生型住宅」などが注目を集めています。
特に高齢者施設では、セラピードッグ導入による認知症患者の表情変化や社会的交流の増加が報告されています(日本動物病院協会, 2023)。
さらに、動物関連ビジネスは国内だけで2兆円規模に拡大(矢野経済研究所, 2024)。
経済的にも、“癒やしと絆”が新しい産業価値を生む時代に入っているのです。
農業・食・地域経済の「循環」モデル
「生態系ウェルビーイング」は、地域経済にも深く関係しています。
たとえば、長野県飯田市の「フードリサイクルループ」は、食品廃棄物を堆肥化し、農業に還元する循環システムを確立。
この仕組みは、環境負荷の削減だけでなく、地域雇用の創出にもつながっています。
こうしたモデルは、“経済成長=環境破壊”という構図を超え、共生を前提とした経済圏を実現しつつあります。
企業が取り組む“生態系との共生経営”
企業のESG経営の中でも、いま注目されているのが「自然資本経営」です。
たとえば資生堂は、海洋環境保全をテーマにした「Blue Project(ブループロジェクト)」を展開し、
プロサーファーをアンバサダーに迎えて世界各地のビーチクリーン活動を行っています。
この活動は単なるCSRではなく、「美しい地球環境こそ、人の美を育む基盤である」というブランド哲学の具現化です。
また、地域住民や観光客、学生ボランティアなどが参加することで、
海洋ごみ削減、世代を超えた環境教育と地域コミュニティの再生にもつながっています。
企業にとっての“サステナビリティ”は、もはや社会貢献の延長ではなく、自然と共に生きる経営戦略そのものへと進化しているのです。
テクノロジーが支える「生態系データ経済」
AIやIoTの進化によって、環境データの“見える化”が進んでいます。
たとえば、農業×AIの「スマートアグリ」では、土壌水分や気温、微生物データを解析して作物の最適栽培を支援。
また、森林センサーによるCO₂吸収量の可視化は、カーボンクレジット市場の信頼性を高めています。
このように、**テクノロジーは“自然を守るための経済インフラ”**へと変化しています。
教育・福祉と「エコリテラシー」の融合
次世代にとって、生態系ウェルビーイングは“教養”として不可欠になります。
フィンランドではすでに、小学生が「気候・動物・社会」を横断的に学ぶ「サステナブル教育」が導入済み。
日本でも、奈良県や長野県の一部地域で「地域の森を教室にする」取り組みが始まっています。
教育と福祉、そして環境学習が交わる場所には、“生きる力とやさしさ”を育てる新しい学びの形があるのです。
「ケアする経済」から「共に生きる経済」へ
生態系ウェルビーイングとは、単に自然を守る思想ではありません。
それは、「誰かがケアされる社会」から、「すべてがケアし合う社会」への進化なのです。
人間が自然を一方的に利用するのではなく、
木々の成長、動物の営み、土の循環とともに生きる経済。
それは、数字では測れない“幸福の質”を育てる経済です。
私たちが次に向かうべき社会は、
「生きること」そのものが“ケアの循環”である——そんな未来だと、私は確信しています。
