「車椅子のブレーキに、ラップの芯?」
初めて見た人は、きっとそう思うと思う。 車椅子の持ち手に、ぴったりと差し込まれたラップの芯。しかも、マスキングテープで華やかに飾られていて、ちょっと不思議な光景。でも、私にとっても、あの人にとっても、それは“ただの芯”じゃないものでした。
「握りやすいから」。それだけのことかもしれないけれど
その方は、車椅子のブレーキを動かすのが不便だから、とラップの芯をずっとつけていました。 持ち手に付けられているラップの芯があると、車椅子のブレーキの持ち手が少し長くなります。 「これが一番しっくりくるのよ」と笑った彼女は、使い勝手の良さに自分なりの工夫を重ねていました。
何気ないことに見えて、それは生活の一部。 そんな私は、ある日ふと思いついて、その芯を飾りつけてみることにしました。
小さな飾りに、ぱっと花が咲いたみたいな笑顔
ある日の空き時間に、芯にカラーのマスキングテープをつけ、ほんの5分ほどで作った飾り。 でもそれを見た彼女は、目をまるくして「これ、私の?」と。 「そうですよー、良かったらどうぞ」と言うと、まるで子どもみたいに嬉しそうに笑ってくれました。
それから定期的に、その芯を一緒に飾るのが習慣に。 その芯はもう、ただの道具じゃなく、「彼女らしさ」を表す存在になっていたんです。
彼女はその芯を、マジックハンドのように使っていてすぐボロボロになっていたんですけど、飾り付けてからは補強されたのもあり、芯のもちも良くなりました。
春。別れのとき
退職を決めたのは、季節が春に向かう頃。 将来の彼女のために、ラップの芯を、桜色に飾りつけたものを作ることにしました。 桜が満開になるように、桜の柄のマスキングテープを。
「どこに貼りますか?」と聞くと、「全部貼って!」と彼女。 「すごく派手になるけどいいんですか?」「もちろん」そんな会話をしながら、二人で芯に春を咲かせていきます。 「ここでいいですか?」と、丁寧に。
できあがった芯をつけて、満開の桜の前で笑う彼女の姿は、本当に忘れられない思い出です。
今も、あの芯はそこにある
1ヶ月後、別の用事でその施設に立ち寄ったとき、 彼女の車椅子には、あの桜の芯がまだついていました。
一緒に働いていた別の職員が、そっとこう言ってくれました。 「ご本人、本当に大切にしてくれてるんですよ」
それから数年が経った今でも、SNSで流れてきた何気ない写真に、 彼女の車椅子が映っていました。 そこには、ちゃんと飾りつけられたラップの芯も写っていました。
「今も、あの芯はそこにある」。 そして、たしかに私の“想い”は引き継がれていました。本当に嬉しかったことを覚えています。
あなたのそばに、“その人らしさ”が眠っていませんか?
何気ない日常の中にこそ、誰かの人生が息づいています。 ほんの少しだけ、立ち止まって見つめてみてください。 今日のそのひと手間が、明日、誰かの宝物になるかもしれません。
