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回復期にある女性が、周囲から「もう大丈夫でしょう」「少し怠けているのでは」と見られてしまう場面を、私は何度も見てきました。
それは本人の資質や努力不足の問題ではありません。
医療者として、そして支援の現場に立ち続けてきた立場から言えるのは、私たちの社会が「回復」というプロセスを理解する設計になっていないという事実です。
この記事では、なぜ回復期の女性が誤解されやすいのか、その構造を整理し、どこに見直しの余地があるのかを考えていきます。
回復は「元に戻ること」ではない
多くの人が「回復=元通りに戻ること」と捉えています。
しかし実際の回復は、壊れる前の状態に単純に戻ることではありません。
身体も心も、そして価値観も、一度限界を超えたあとは再構築が必要になります。
回復期とは、新しい基準で生き直すための調整期間なのです。
成果主義が回復を不可視にする
現代社会では「成果が出ているか」「役に立っているか」が評価軸になりがちです。
回復期の女性は、外から見える成果をほとんど生みません。
休んでいる、立ち止まっている、何もしていないように見える。
しかしこの「何もしていない時間」こそが、回復にとって最も重要なプロセスなのです。
女性は“回復が早い”という幻想
女性は感情処理が得意、切り替えが早い、ケアが上手。
こうしたイメージが、無意識の期待を生みます。
その結果、回復期に時間がかかる女性ほど「気持ちの問題」「甘え」と誤解されやすくなる。
本来、回復速度には個人差があり、性別で語れるものではありません。
回復期は「判断力」が最も不安定な時期
回復期にある女性は、エネルギーが不足しているだけでなく、意思決定力も揺らいでいます。
判断を迫られること自体が負荷になり、「決められない自分」を責めてしまう。
この状態を理解せずに「次を決めなさい」「動き出しなさい」と促すことは、回復を遅らせる要因になります。
「何もしない」が許されない文化
日本社会には、「努力している姿」を可視化しないと安心できない文化があります。
休むなら理由を説明しなければならない。
回復期であることを証明しなければならない。
こうした空気が、回復期の女性をさらに孤立させ、「怠けているように見える」構造を強化しています。
支援制度は“立ち上がる瞬間”しか想定していない
多くの支援制度は、「再就職」「社会復帰」「自立」というゴールを前提に設計されています。
しかし、回復期はその前段階にあります。
横になりながら、生活を維持し、最低限の安心を確保する時期。
このフェーズを想定していない制度設計が、回復期の女性を制度の隙間に落としています。
回復を急がせることが、最も非効率である
回復を急がせると、一時的に動けたとしても再び限界を迎えます。
結果として、長期的な社会参加は遠のいてしまう。
本当の意味での自立や再起は、十分な回復期間を経たあとにしか成立しません。
急がせないことは、甘やかしではなく、最も合理的な選択です。
回復期を尊重できる社会が、持続可能になる
回復期にある女性を「怠けている」と見なす社会は、いずれ多くの人を壊します。
誰もが、いつか回復を必要とする側になるからです。
回復を尊重することは、弱さを許すことではありません。
人が長く生き、働き、関わり続けるための社会設計なのです。
回復期にある女性が、説明しなくても、比べられなくても、安心して存在できる。
その社会こそが、本当の意味で「強い社会」だと、私は思っています。
