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福祉、共助住宅、孤独・孤立、都市や公共空間。これらは別々のテーマに見えて、実は同じ問いを共有しています。それは、「誰が、どのように、ケアを担い、支え合う社会を設計するのか」という問いです。
私は助産師として、そして福祉事業やコミュニティづくりに関わる中で、ケアは感情や善意だけでは持続しないことを実感してきました。ケアは“経済”であり、“設計”なのです。本稿では、ケア経済を社会デザインの視点から捉え直し、なぜ今これが重要なのかをお伝えします。
ケアは「コスト」ではなく価値創出
長く日本では、ケアは「支出」「負担」「福祉コスト」として扱われてきました。しかし実際には、ケアは人の能力を回復させ、社会参加を可能にし、結果として経済活動を支える基盤です。
ケアを削る社会は、短期的には数字を整えられても、長期的には人が疲弊し、孤立し、医療費や社会的コストを増大させます。ケアを投資として捉え直すことが、持続可能な経済の第一歩なのです。
福祉は「守る」から「選べる」へ
福祉の本質は、弱者を一方的に守ることではありません。本来は「選択肢を増やすこと」にあります。
働き方、住まい方、人との距離感。これらを自分で選べる状態をつくることが、尊厳ある支援です。制度が用意されていても、使いづらければ意味がありません。ケア経済の視点では、「制度があるか」ではなく「使えるか」「選べるか」が問われます。
共助住宅は“新しい社会インフラ”
共助住宅は、単なる住居形態ではありません。孤立を防ぎ、日常的な見守りや緩やかな助け合いを可能にする、社会インフラです。
核家族化や単身世帯の増加が進む中で、「誰にも頼れない住まい」はリスクになります。共助住宅は、血縁や同居を前提としない、新しい支え合いの設計として、今後さらに重要性を増すでしょう。
孤独・孤立は“個人の問題”ではない
孤独や孤立は、性格や努力不足の問題として語られがちです。しかし実際には、社会構造の問題です。
相談できる場所がない、立ち寄れる空間がない、声をかけても迷惑になりそう。こうした環境が、人を孤立させます。ケア経済の視点では、孤独は「設計の失敗」と捉え、環境そのものを見直します。
公共空間は“ケアの最前線”である
公園、図書館、公共施設、駅前広場。これらは単なる場所ではなく、人が安心して存在できるかどうかを左右する空間です。
ベンチがあるか、照明は十分か、誰でも使えるトイレがあるか。小さな設計の差が、「ここにいていい」という感覚を生みます。公共空間は、最も日常的で、最も影響力のあるケア装置なのです。
都市デザインがケアを左右する
都市の構造そのものが、ケアのしやすさを決めています。
移動距離が長すぎないか、段差やバリアはないか、生活機能が分断されていないか。これらは、高齢者や障がい者だけでなく、子育て世代や単身女性、支援者にとっても重要です。ケア経済は、都市計画と切り離せません。
ケアを「誰かの献身」にしない設計
ケアが個人の善意や献身に依存すると、必ず疲弊が起きます。特に女性にケア役割が集中してきた歴史は、今も影を落としています。
だからこそ、仕組みとして分散し、共有し、報われる設計が必要です。ケアを担う人がケアされる構造をつくること。それが、真に持続可能な社会デザインです。
ケア経済は未来社会の競争力になる
ケアを大切にする社会は、優しいだけの社会ではありません。人が回復し、挑戦し続けられる社会は、結果としてイノベーションを生みます。
福祉、住まい、都市、公共空間を分断せず、「ケア」という共通言語で再設計すること。それは、これからの日本が選ぶべき、最も現実的で、最も戦略的な未来投資なのです。
