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私は助産師として多くの命の誕生に立ち会い、同時に「母になること」を社会がどれほど理想化してきたかを実感してきました。
けれども、母親だけが「幸せな女性像」ではありません。
キャリアを選ぶ女性、地域で支える女性、創造の世界に生きる女性、経済を動かす女性——そのどれもが社会を支えるロールモデルなのです。
本稿では、「母親以外の女性ロールモデル」をいかに社会に増やし、次世代へと伝えていくかを考えます。
「母性神話」がつくった“ひとつの型”
日本社会には長らく、「女性は母になることで完成する」という“母性神話”が根強く存在してきました。
その考え方は、女性を「育てる側」「支える側」として限定してしまい、人生の選択肢を狭める構造をつくってきたのです。
母親であることは尊く、同時に個人の一つの選択肢に過ぎません。
本当の意味で女性が自由に生きるためには、「母になる」「ならない」そのどちらもが尊重される社会的環境が必要です。
「母でなくても、社会を育てる女性たち」
私が福祉・医療・地域事業に関わる中で出会ってきた女性たちは、母でなくとも、人や地域を“育てて”いました。
障がい者福祉の現場でスタッフを支える女性、地域で起業し雇用を生み出す女性、教育やアートの分野で次世代に光を灯す女性。
母性とは、血縁に限らず「誰かの可能性を信じ、育む力」でもあると感じます。
その多様な形の“育む力”を、もっと社会が認める必要があるのです。
メディアがつくる「理想像」を超えて
ドラマや広告に登場する女性像は、いまだに「妻」「母」「恋人」という枠組みに偏りがちです。
しかし、現代の女性たちは、複数の役割を行き来しながら生きています。
「企業経営者であり、地域ボランティア」「独身でありながら家族を支える」「介護をしながら研究を続ける」——。
メディアが描くロールモデルが更新されない限り、社会の想像力も変わりません。
これからは“ラベルのない生き方”をどう可視化するかが問われています。
キャリア教育に必要なのは“多様な語り”
キャリア教育の現場でも、「家庭」「仕事」「育児」をどう両立するかという問いばかりが強調されがちです。
しかし、重要なのは「どんな人生を自分で選び、どう意味づけるか」という問いです。
独身でも、子どもがいなくても、社会に貢献し、自分の生を肯定できる女性を見せること。
教育の場において、“生き方の多様性”を語れる女性が増えることが、次世代の希望になります。
“ロールモデル”は、完璧である必要はない
私自身、医療から福祉、マーケティング、起業、ファッションの現場まで歩んできましたが、どの時期も決して順風満帆ではありませんでした。
しかし、その“不完全な道のり”こそが、誰かの参考になるのだと思います。
ロールモデルとは「完璧な人」ではなく、「迷いながらも自分の意思で生きる人」。
むしろ、葛藤を抱えたまま進む姿が、次の世代にリアリティと勇気を与えるのです。
企業・行政が担う「可視化」の責任
ロールモデルを育てるには、個人の努力だけでは限界があります。
企業や行政が、広報や採用、イベントの中で「多様な女性の生き方」を発信することが必要です。
母親である女性も、そうでない女性も、同じように称賛される環境が整ってこそ、真のジェンダー平等が実現します。
“選択肢を可視化する”こと自体が、社会変革の一歩なのです。
“母親以外のモデル”が社会をしなやかにする
母親という役割が社会を支える一方で、それ以外の女性たちもまた、文化・経済・教育のあらゆる領域で価値を生み出しています。
その存在が認められることで、母親たちもまた「母であることに縛られすぎない自由」を取り戻せる。
つまり、母親以外の女性ロールモデルを増やすことは、すべての女性の生きやすさを広げることなのです。
「誰かの生き方に、許可をもらわなくていい」
最終的に、女性が自分の生き方を選ぶときに大切なのは、「誰かに許されるかどうか」ではなく、「自分が納得できるかどうか」です。
母親であってもなくても、社会に貢献し、自分らしく生きることは同じ価値を持つ。
多様なロールモデルが並び立つ社会は、誰もが“生き方を選べる社会”へとつながります。
それが、私の考える「ジェンダー平等の本質」なのです。
